民宿阿武川
今日は萩をあとにして津和野へ向かいます。萩の街中には阿武川が流れており、これを遡ると津和野に着きます。私たちの萩の宿の名はこの川の名と同じ阿武川でした。
宿近くの寺
萩は歴史ある街でこのあたりは寺町と言ってよいほどにたくさんお寺があります。このお寺の門には仏旗が掲げられていました。ここで今日何か仏教行事があるようですね。
浜崎新町
萩には3カ所の重要伝統的建造物群保存地区があります。三の丸にあたる堀内地区、橋本川沿いの武家屋敷と土蔵、鍵曲(かいまがり) の平安古(ひやこ)地区、そして北前船で栄えた町家が多く残る浜崎地区です。宿に近い浜崎には立派な商家や酒蔵があり、ちょっと珍しい船の倉庫があるそうなので、まずはその船の倉庫へ向かいます。
御船蔵
この御船蔵は、萩城築城後の1608年(慶長13年)に建てられたといわれ、藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納していたようです。
奥行27m、間口8.8mとかなり大きく、かつてはこうしたものが少なくとも4棟あったようです。現在は川から離れていますがこれは明治時代以降に埋め立てられたためで、元々は川から直接出入り可能でした。
鶴江の渡し場
その浜崎の入り江あたりの阿武川には『渡し』があるとのことなので探すと、漁船の前にいた漁師さんが場所を教えてくれました。
『舟は向こう岸にいるから手を振って合図すると来てくれるよ。』 とのこと。教えられた場所に着くと『鶴江の渡し』という看板と小さな小屋がありました。なるほどそこに人はおらず対岸に手を振ってみますがどうも気づかないようです。
船がやってきた
そこでジークが、『お~い!』 とでっかい声で叫び、さらに手を振って合図します。すると船頭が気づいたようで対岸の小屋から出てきて、小舟を操りゆっくりとこちらに向かってきました。
鶴江の渡し
この渡しは市が運営していて無料。現在でも市民の足になっていて自転車も乗せてくれます。
渡しにご機嫌のデラリンとケロガメ
『自転車も乗せてくれるなんて最高ね〜』とこの渡しに感激のデラリンとケロガメ。
一度向こう岸に3人を渡した舟はおばあさんを乗せて再びこちらに渡って来ました。
萩対岸の阿武川を行く
渡しで対岸に渡った私たちはいよいよ津和野に向けて出発です。このあたりの河岸には小さな漁船がたくさん停留していて萩が漁村であることも伺えます。
阿武川沿い
長旅の疲れが心配というジークは東萩駅から輪行することにし、私たちは橋本川と松本川に分かれる前の広い阿武川を遡って行きます。
広くなった阿武川
ここは後ろも前も小高い山で囲まれています。萩は周辺をぐるっと山で囲まれたところなんですね。
阿武川ダムへ上る
川幅が徐々に狭まり対岸の山が迫ってくると道は上りになります。目的地津和野は山の中にあるので今日は一日ほとんど上りですが、萩からしばらくは穏やかです。
相原
阿武川は右に左にうねるようになり、周囲の景色は徐々に山がちになってきます。先に見えるのは相原という集落のようです。
阿武川ダムから阿武川を見下ろす
舟戸橋を渡ると勾配が突然急になり、グッとペダルを踏んで標高100mまでエッチラオッチ。すると、ちょっと視界が開け阿武川ダムに到着です。
阿武川ダム付近の眺め
阿武川ダムは山口県では最大規模のダムですがそのダム湖には特別な名がないようで、川とも湖とも言えるような広さのものです。
阿武川ダムのサイダーとケロガメ
この季節、周辺の木々は新緑から力強い深い緑に変わろうとしています。
阿武川ダム周辺
ダムの先で阿武川は二手に別れますが、私たちは南側の川沿いを行きます。この川沿いはほぼ平坦で、ムカエルが先行しデラリンがその後を追います。
大藤大橋
阿武川が佐々並川と名を変えるところに架かる赤いアーチ橋の大藤大橋が見えてきました。
大藤大橋を渡るサリーナ
阿武川と佐々並川を眺めながら大藤大橋を渡ります。サリーナの向こう側が佐々並川。
大藤大橋から見る阿武川
そしてこちらが阿武川。
大藤大橋から上るケロガメ
大藤大橋を渡ると上りになり、今渡ったばかりの大藤大橋がずっと下に見えるようになります。
北の阿武川沿い
50mほど上って小さな峠を越え北の阿武川に下ります。阿武川はこちらが本流で、この流れは本日の目的地の津和野の近くまで続きます。
たまには並んで
このあたりは萩から近い景勝地なのですが車はめったに通らないので、4人仲良く並んで、はいパチリ!
阿武大橋
あれ、さっきと同じ赤いアーチ橋がある、と思ったらこちらは阿武大橋でした。良く見ると大分形は違いました。
阿武大橋を渡るケロガメ
阿武大橋を渡って阿武川の右岸を行きます。このあたりは急峻なので川の片側にしか道がないということはしばしばなのです。
ここから見る阿武川はたっぷり水を湛え、いい流れ。
重塀岩
道端に長門峡(ちょうもんきょう)の表示が現れるようになってきました。長門峡は阿武川の上流にあたる渓流の景勝地です。
重塀岩の前で
その中に突然、にょっきりとした岩が現れました。これは重塀岩(じゅうべいいわ)というものです。長門峡の入口にあるのがこの重塀岩で、これ以降はこのような岩がいくつも出てくるようです。深い山の中、穏やかに流れる阿武川の川面から一つだけそそり立つこの岩はなんとも奇妙です。
切籠切窓付近
滝橋を渡り小さな長門橋隧道を潜り抜けます。すると道脇に『切籠切窓(きりこきりまど)』の表示が出てきました。切籠切窓ってなんだ〜と思っていると左手の川向こうに奇妙な形の岩が2つ並んで見えます。この岩が切籠と切窓のようです。
切籠とケロガメ
切籠の前を颯爽と行くケロガメ。
デラリン
デラリンはあまり長距離は走ったことがないのですが、ここまではなんとか踏ん張っています。がんばれデラリーン!
龍宮淵へ
長門峡には切籠切窓の先で小さな堰が設けられており、その先は水位がぐっと下がってこれまでとはまったく違う川のようになりました。長門峡の佳境に近づいたようです。
道が大きなカーブに差し掛かると『龍宮淵』の表示とお店が現れました。ここが長門峡の散策路の出発点の龍宮淵です。
食堂で早めの昼食を取りつつ、この先、生雲川に沿って生雲ダムに抜けられるか聞いてみると、その散策路は現在は閉鎖されていて行けないと言います。
龍宮淵を進む
『え〜っ、そんな〜!』
ともかく先をちょっと覗いてみようということで散策路を進みます。
遊歩道
程なく道幅は60cmほどになり、片側はごつごつした切り立った岩場、反対側には渓流が流れています。
龍宮淵から奥へ続く流れ
その遊歩道も道とは呼べないものになり、ここを自転車で行ったら引き返せなくなるかも、ということでこの道は断念。
仕方がないのでやって来た道を引き返し、普通の道で山越えをすることにしました。
山越え道
2.5kmほど戻って橋を渡ると細い道が川沿いを上っています。この道はいきなり10%超えとなり、あへあへ、ハヒハイが続きます。
雨の中坂を上る
そこに追い討ちをかけるように突然空からパラパラと冷たいものが。急に暗くなり雨が降り出しました。
雨の中激坂を押し上る
急いで雨支度を整え、『上りだから雨もちょうどいいねぇ。』 と訳の分からないことを言いつつ、わっせわっせと自転車を押し上げます。
生雲川沿いの道
150mほど押し上げるとなんとか頂上に辿り着き、さあ下りは注意してと思ったら、ほんのちょっとで下りは終わり、生雲川沿いの広い穏やかな上り基調の道に出ました。
田んぼ
この道は田植えが済んだばかりの田んぼがいい雰囲気です。萩は街でそれ以降は山の中だったので、これが今日初めて見る田んぼです。
晴れてきた~
しっとりとした田舎の風景を見ながら走っていると雨は小降りになり、空が明るくなってきました。
『わ~、晴れてきた~、ワイワイ!』 とデラリンがダッシュ。
阿東生雲中
先に赤い瓦屋根の集落が見えてきました。阿東生雲中というところのようです。
ここで完全に雨が上がったので雨具を脱ぎます。
田んぼの間を快走
ケロガメは半袖半ズボンになり、ムカエルも半ズボン姿でのどかな景色の中を行きます。
砂利道を行く
この県道から国道に入ると道は広くなり、やや単調に感じるようになります。
そんなときは、ダートだ~。。ちょっと横にそれるとそこは道のような道でないような。
『ダートはいやだ~』 とケロガメがケロケロ泣くのですぐに国道に戻りました。
大衆食堂
今日の昼食は少し早めだったので小腹が空いてきました。雨もあり、ごろんと寝転んだ休憩も取っていません。国道から県道13号に入る交差点の裏側で見つけたのは、まだこんな食堂があったのか、というような『大衆食堂』です。小さな看板に営業中とあるのでガラガラと戸を開けると、奥からおばあさんが出てきて、 『やっていますよ。』 とのこと。ここで第二の昼食&休憩です。いや~、ありがたや。
この食堂の正式名称は富士屋食堂といいます。名前がまたいいねぇ~
馬草峠
富士屋食堂でゆっくりくつろがせてもらった後は一路津和野に向かいます。しばらく上ると島根県津和野町の看板が。ここが山口と島根の県境、馬草峠(標高450m)です。
さよ~なら~山口県、と手を振り、ここから一気にダウンヒル。
津和野へ
津和野の中心部の標高は170mほどなので馬草峠からは300m近い下りで、らくち〜ん!。
赤い瓦屋根は津和野の象徴
爽快に下ると赤い瓦屋根の集落が見えてきました。津和野をはじめ周辺地域にはこの赤い瓦が多く使われています。この釉薬がかかった瓦は石州瓦といい、島根県の石見地方(石州)が産地で、愛知県の三州瓦、兵庫県の淡路瓦と並ぶ代表的な瓦の一つです。
『来たね~、津和野に。』 とサリーナがいえば、
『じゃあここからは案内しま~す。』 とケロガメ。またしてもケロガメはこのツアーに参加する直前に津和野入りし、情報収集していたのでした。
西周旧居
津和野の街の入口なるのは西周の旧居と鴎外の旧居です。
西周は『哲学』『感覚』などの言葉を生み出した明治の啓蒙思想家で、ここは西周が21歳まで暮らした家だそうです。
森鴎外旧宅
こちらは森鴎外が生まれ10歳まで過ごした生家。
鴎外の家は代々津和野藩の藩医で石どりの家柄だったため、家もそれなりに立派です。屋根に瓦が葺かれているのには驚きます。
到着、津和野
2人の旧居を覗いたら、津和野の街中に到着です。白塀の向こうに赤い瓦屋根の立派な建物が並び、その足下にはお約束の鯉が泳いでいます。
津和野の鯉
ここでデラリンが離脱、電車でやってきたジークと再び合流です。デラリン、4日間おつかれさま、そして完走おめでとう!
ひとこと by サイダー
大きな緑のうねりに白群の空。
浮かぶ雲は早送りの映画のように変化し、うっすらとした筋雲から細かい鱗雲に変化してゆく。
エメラルドの池にすがすがしい萌黄の滝。
驚くほど静かな朝の海は深き群青。
褐色の岩を洗う白波。
森を抜ければ突然薄藍鼠の日本海。
鮮やかな黄色はアヤメか菖蒲か。
土壁と白壁に銀鼠の瓦。
錦の鯉の後ろには赤錆に柿渋色の瓦がざわめき、朱の鳥居を上れば交差する光と影。
すばらしい色々のツアーでした。

