釣り船
薄曇りですが気持ちの良い朝。青海島(おうみじま)の宿は釣宿で、宿の主人は夜明け前には船に釣り客を乗せて出かけました。
宿の前で出発の儀式
私たちも今日は少しだけ早起きし、早めに宿を出発します。ここ青海島は周囲にいくつも奇岩が並び立ち『海上アルプス』とも呼ばれているので、その景観を一目見ようと、島の一周クルーズ船に乗る予定だからです。後ろはこのあと向かう本土の山並みで、ちょっとアップダウンがありそうです。
柴津浦
いつもより30分早い7時半に宿を出発、昨日やって来た道を戻り、向かうはクルーズ船が出る仙崎港です。
左手は仙崎湾の中にある柴津浦。
仙崎港へ向かう面々
『ここはきもちええな~』 とジークが行き、ケロガメ、サリーナ、デラリンと続きます。
青海大橋より仙崎港を望む
仙崎港までの間には昨日同様に小さな山越えが2つ。3つ目の上りは青海大橋への上りです。橋の上からは仙崎港がよく見渡せます。
仙崎港の青海島クルーズ船乗場に着くと、すでに朝一番の船を待つ観光客が何人かいました。通常8時40分発が一便なのですが、この日は特別に20分ほど早い便を出すとのことで、私たちもそれに乗り込みました。島一周のクルーズは天候により出来ないことがあると聞きますが、この日は一周できるとのこと。
クルーズ船内
船は大小、形も様々なものがあるようですが、私たちが乗り込んだのはオーソドクスな形で5~60人は乗れそうなもので、クルーズ船の中では大きな方でした。船は島を時計回りに進んで行きます。青海島は北長門海岸国定公園になっており、東西北の三方が荒波に侵食されて、断崖絶壁や洞門、石柱などをつくり出しています。
花津浦
まず最初の見所は金子みすゞが『仙崎八景』の一つとして詠ったことでも知られる『花津浦』。よくある穴が開いた岩ですが、先端に観音様に見える岩があります。
筍岩
こうした奇岩は島の北側にほぼ集中していて、その北西の角にあるのが筍岩(たけのこいわ)です。にょっきり生えている様はまあ筍に似ていなくもありません。
コーモリ洞
こちらはコーモリ洞。洞窟には数えきれないほどのコーモリが住み着いているそうです。鷹のような猛禽類の巣があったり、観音様や仏様のような岩があったり、自然が作り出す景色とは面白いものです。
夫婦洞
二つの洞窟が並んだ夫婦洞は夫婦円満のご利益ありとのこと。
航跡
船はこうした岩に近づいたり、その間を通り抜けたりして進んでいきます。
観音洞?
これは観音洞だったか、比較的大きな穴の開いた岩の中をくぐり抜けて行きます。
このあとセムラ(瀬叢)という小さな岩礁がたくさんあるところを通ったのですが、船のガイドさんによると、かつて東山魁夷がこの地を訪れ、ここをある壁画にしたのだそうです。どうやらその壁画とは皇居の新宮殿のために描かれた『朝明けの潮』のことのようです。船からだと視点が低いため、だたの小さな岩がいくつかあるだけにしか見えないので、ここは陸地から眺めた方がいいようでした。
小島で釣りをする人々
『あ〜、あんなところで釣りしている人がいる〜』とサリーナが指差す方を見れば、右の小島に二人の人影が。おー、怖い〜。この辺りは釣り人はもちろん、海が透明できれいなのでカヤックの人やダイバーにも人気なんだそうです。
仏岩
青海島の北東までやってくると特徴的な岩がありました。仏岩というそうです。まあ確かに仏様に見えなくもありませんね。
こうしたものの他にも様々な見どころを巡り、90分の楽しいクルーズを終えました。
仙崎から南へ向かう
クルーズのあとは、いよいよ萩へ向かいます。仙崎港の周辺は視界が開けていい気分です。
青海島をうしろに
うしろの右手に見えるのが先ほど一周クルーズを楽しんだ青海島。海が青い!
『青海島一周クルーズ楽しかった~、今日もがんがん行きまーす!』 とムカエルが飛ばし、サリーナと続く。
野波瀬
豊原で三隅川の小波橋を左折し、穏やかに上って小さなピークを越えると下に野波瀬の集落が見えます。
この先にある松島という小さな半島から反対側の栗良ヶ浜まで散策路が続いているのでそれを行くことにしたのです。今日のコースは短いのでちょっとアクセントを付けようという企て人サリーナの計画です。
野波瀬漁港
さらに下って野波瀬漁港に出ました。
『今日もがんばりま〜す!』とガッツポーズはデラリン。
松島の小さな漁港
松島の半島の付け根までやって来るとここにも小さな船溜まりがあり、小舟が一艘浮かんでいます。ここには向こうに見える青海島の観光船が行き交う景色とはまるで違ったものがあります。
松島の先端へ
半島の先端まで行ってみましょう。
松島先端部
松島の先端部に到着しました。地元の方々が釣りをしたり磯遊びをしている静かなところです。とてものんびりした感じでいいところなのですが、サリーナが言っていたような散策路らしきものは見当たりません。
キャンプ場から浜辺に下る
少し戻って松島キャンプ場に入ると、どうやらそれらしい道になりました。
しかしその道はすぐに浜辺に下りてしまいました。浜辺のすぐ上を観察するもそれらしき道は見つかりません。
行き止まり!
浜の先は大きな岩場でとても行けそうにありません。
『あれ~、おかしいな~、反対側に出ていざり坂に出られるはずなんだけどな~』 とサリーナ。そこでまずムカエルが斥候するも、
『担いでも行けない!』
松島の海
この時突然近くに潜っていた海士(男の海女さん)がひょっこり顔を出して、なにやらおっしゃっています。どうやら、『行けないよ、けど、がんばりゃ行ける。』 ということらしい。
そこで今度はサイダーが念入りに調査するもやっぱり、『いけなーい!』 とのこと。ありゃ、ま。。
海の生き物
とにかくここまで来たので岩場の散策をしながらあとの工程を考えます。
ん、なにか発見! これ、な〜に? 道はありませんでしたが海はきれいで楽しいところでした。
出た~、海!
さて、ここからはやって来た道を引き返し、三隅の観月橋からr64に入ることにします。その観月橋の交差点には新しい道路が出来ていてちょっとコースミス。戻ってようやくr64に入りました。
このr64、しばらくは山の中を進みます。当然上りです。小さな峠を超え、地蔵峠を越えると『一宗の鼻』と名の付いた出っ張りの袂で再び海に出会いました。
飯井駅付近
ぐぐ~っと下ると山陰本線に沿って道が続いて行きます。海は所々でチラッチラッと顔を出すだけで、全体としては山の印象が強い道です。
三見駅
小さなアップダウンを繰り返し、三見(さんみ)駅に到着。
先ほど通過した飯井(いい)駅もこちらの三見駅も付近にお店はなく、駅も無人のようです。駅の待合所を借りて軽い昼食を取りました。
山陰本線
昼食が終わったところに偶然やってきたのは一両編成の小さな電車。山陰本線ってかなりローカルなんですねぇ。
三見駅から
小さなアップダウンを繰り返し、三見(さんみ)駅に到着。前に通過した飯井(いい)駅もこちらの三見駅も付近にお店はなく、駅も無人のようです。駅の待合所を借りて軽い昼食を取りました。
そこへやってきたのは一両編成の小さな電車です。山陰本線ってかなりローカルなんですねぇ。
最後の山越え
三見駅からは少しだけ平地がありましたがまた上りです。しかしこの山を越せば萩はもうすぐ。
『あへあへ、きつー』 と言いながらもデラリンはわっせわっせと上り、ムカエルを追い越して行きます。
小原浜
一山越すと小原浜です。先に見える小さな島がたくさんあるあたりが松島でしょうか?
かわいらしい山陰本線
踏切が近づくとピンコンピンコンという音が。ちょうど山陰本線のかわいらしい電車(ディーゼルかな?)がやってくるところでした。
最後の上り
黄色い電車を見送った後は最後の上りです。
上るケロガメ
『さっきも最後って言ってなかった?』
『いや~、さっきのは最後のヤマだよ、山。』 って、誰だ?
しかしここは眺めがなかなか良いですな〜
萩到着
こうしてワイワイしながら上ったあとは、ググッと下って萩に到着です。広い橋本川の河口の向こうに萩のちょっと変わった並木が見えています。
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
常磐大橋を渡り萩の町に入ります。指月(しづき)公園の萩城跡の入口に萩屋敷長屋があったので立ち寄って見ました。
萩屋敷は1.5haほどの広大な敷地を有していましたが、明治維新後に解体され、1856年(安政3年)に建てられた全長51mというこの非常に大きな長屋だけが残っています。この長屋の内部には土間がなく式台と縁が付いており、中間部屋もあることから身分の高い者に対して用意された詰所であったことが推察されます。
指月公園萩城跡
萩屋敷長屋のあとは指月公園の萩城跡をぐるりと一回り。ゴールデンウィークのイベントなのか茶会があちこちで行なわれていて、黄菖蒲が満開です。
長屋門
指月公園は堀内重要伝統的建造物保存地区を行きます。堀内は旧萩城三の丸にあたります。
その中に長大な長屋門が立っています。ずいぶんきれいだなと思って調べてみると、この建物は武家屋敷の正門であった長屋門を推定復元したものでした。
菊屋家住宅
人気の萩だけあり街の中はかなりの観光客で賑わっています。
写真は御用商人として藩を支えてきた豪商菊屋家の住宅。
旧久保田家住宅
その向かいに立つのは呉服商・酒造業を営んでいた旧久保田家住宅で、立派な座敷と庭がありますが、だいどころの天井が表しなのが面白いと思いました。主屋は幕末から明治前期にかけての建物で屋根裏に『つし二階』という物置や使用人の寝間を屋根裏に設けているのが特徴です。
高杉晋作生家付近
菊屋家の角を曲がって横丁を行くと、右手に高杉晋作の生家があります。萩は有名人が多く、そうした方々の生家などは大抵100円の入場料で、ボランティアの方が解説してくれて好印象です。
旧明倫小学校
萩といえば水戸藩の弘道館、岡山藩の閑谷黌と並び、日本三大学府の一つと称された藩校の明倫館があることでも知られています。明倫館の建物は剣槍術場などいくつか残ってはいますが、そこから全体像を推測することはむずかしいです。
しかしながらその跡地に建築された旧明倫小学校はなかなか見応えがあります。かなり大きな木造校舎がずらりと並ぶ様は壮観です。
松下村塾
幕末の萩となればもう一つ、松下村塾も落とせません。
松下村塾の説明は不要だとは思いますがこれは、吉田松陰による私塾です。その塾があった場所が松本村と呼ばれていたことから松下村塾という名が付けられたそうです。驚くことに松陰がここで教えたのはわずか1年ほどだったようですが、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋ら明治維新の原動力となり、明治新政府で活躍した多くの逸材を排出しました。その建物は松陰を祀る松陰神社の一角で元々あった場所にひっそりと残されています。
藍場川と旧湯川家屋敷
街の南東を流れる藍場川(あいばがわ)は2.5kmほどの小さな用水で、18世紀半ばに農業用や防火用、物資の運搬用として作られたものだそうです。
藍場川を泳ぐ鯉
現在の藍場川には鯉が放流されていてちょっとした風情があります。しかしここには風情だけではなく驚くべき仕掛けがありました。
旧湯川家屋敷の引き込み口
川に面する建物はこの流れを家屋に取り入れて、台所などで使えるようにしているのです。写真の旧湯川家屋敷は三角に飛び出した壁の下が取り入れ口です。
台所に導かれた流れ
引き込まれた水はお風呂などにも利用されたようですが、使用後の排水は墨などを詰めた地下施設で濾過してから返すようになっていて、当時からかなり環境に配慮したものだったようです。
"庭に導かれた流れ
この流れは家屋の中ばかりでなく庭にも取り込まれていて、たいていそこには池が作られています。
藍場川を行く
萩にはまだまだ見所があるのですが観光はこのへんで切り上げて、そろそろ今日の宿に向かいましょう。
ひとこと by ジーク
"GEO POTTERING″のゴールデンウイーク企画には2001年の「紀伊半島周遊」以来欠かさず参加していて、今年で9年目になります。関西に住んでいるため普段は首都圏が中心の企画に参加できず、いつもゴールデンウイーク企画を待ちわびていました。今年も期待に違わぬ企画に感謝! 40年近く前山口にいて免許取立てで車で回った懐かしい場所ばかりでしたが、長い時間を経て見紛う如き素晴らしさでした。
ところで自転車! 2年目から一昨年までは"BIKE FRIDAY World Tourist"での参加でしたが、昨年の「四万十川」を"Traincle 6500"で参加、ところがシングルギアの悲しさで平地走行に置いてきぼり・・・、そこで多段化して今回参加したところ効果絶大スイ~ッスイ! 自分より若い人たちばかりと一緒に奈良も含めて8日連続走る!とあって体力を懸念していましたが、無事完走できたのも"トレンクル"の『軽さ』のお陰と感謝しています。

