下風呂温泉の朝は晴れ。今日の風はだいぶ穏やかで、どうやら走行には支障なさそうです。
白濁の熱めの温泉に浸かり、おいしい朝ご飯をいただいたら、500年の歴史があるという大湯の前に集合。あれ、シロスキーがいない。遅刻だぞ〜 5分ほどしてシロスキーがやってきて、全員集合。
今日はここから全国的に有名な霊場恐山に上って、大湊に下ります。風は治まったものの恐山までは標高500mの峠を越えなければなりません。今日は坂道との戦いになりそう。
ともかく恐山の上り口になる大畑に向かいます。
下風呂温泉郷を出るといきなり上り。
『え〜〜、最初から上りがあるなんて聞いてませんよー』 と、クッキーは朝からぶつくさ。
下風呂と甲の間には小さな半島の甲崎があり、ここは海沿いに道がないので上りなのです。しかしこれはわずかに30mほどなので難なくクリア。
甲の集落に下ります。
甲に続いて赤川に入れば、その先にまた坂道が。ここはエイ・ヤッーっと一漕ぎで上り切ります。
すると赤川台と書かれた石碑が目に入りました。ここからは北海道と遥か東の尻屋崎まで見渡せます。いい眺め。そして足下には砂浜とごつごつした岩場が広がっています。この岩場は『ちぢり浜』という面白い地形だったことを思い出したので、少し戻って海岸に下りてみることにしました。
これが『ちぢり浜』。一見砂か粘土が固まったように見えますが、これは300万年ほど前に堆積した軽石凝灰岩などからなる地層が波によって削られてできたものだそうです。
大きな甌穴や蜂の巣状の穴などがそこらじゅうにあります。海食崖付近で掘り込まれたように見えるのはノッチ(波食窪)と呼ぶそうです。
足を取られないように慎重に岩の上に上ると、津軽海峡の向こうに北海道が見えます。
これは巨大な甌穴で、中にはこの穴を作り出した犯人の石が入っています。
海藻や貝の類いはたくさんあり、魚やカニさんもいそうなので探してみましたが、残念ながらこれは見つかりませんでした。
誰かが、おっとっと〜と言ったら、みんなでオトット〜ダンスを。
ひとしきりちぢり浜で遊んだら、赤川台から海岸沿いに入り木野部(きのっぷ)の集落を抜けて進みます。『きのっぷ』は変わった名前ですがアイヌ語でしょうか。
穏やかないい集落。
木野部の集落が終わると道はR279はまなすラインになり、すぐに上りに。
ここは前半の山場で、標高100mの木野部峠まで一気に上り詰めます。1.3kmで95m上昇ですから平均斜度7.3%。ちょっとアヘアヘモードです。
ちょっと押しが入ったものもありましたが、なんとか木野部峠を攻略。この峠にはなにもないので、呼吸を整えたらいそいそと下り出します。
下り坂の途中からは、下に釣屋浜から二枚橋までの穏やかな浜が見えます。
二枚橋の集落の端まで行って浜に下りてみました。
見返ると、先ほど上った木野部峠から下ってくる道が丘の中腹に見えます。
国道ではなく鄙びたローカル道を進んだので、ここでその代償を支払わなければなりません。
足下は、○○スタンプならぬ小石埋込みの激坂上り!
上ったら下る。^ ^
大畑へまっさかさま〜
ぐわ〜んと下って大畑川の河口です。
ここからは恐山がバーン。(TOP写真)
一番左が下北半島の最高峰の釜伏山(879m)で、その隣は大尽山と朝比奈岳でしょうか。
この大畑川の河口には漁船がずらり。大畑はイカ漁が盛んだといいますからこれらはイカ釣り船でしょうか。季節が合えばこのあたりでおいしいイカが食べられそうですが、旬は6月から12月ごろらしいのでまだちょっと早いかな。
大畑川を遡って行くと満開の桜の木が。
川を遡って右岸に渡り、大畑の街中を内陸に向かいます。
すると立派な八幡さまがありました。このお宮の9月に行われる例大祭は『大畑祭り」と呼ばれ、このあたりではかなり賑やかなもののようです。
コンビニエンスストアで一息入れたらカントリーロードでr4に出て大畑川を遡ります。
この河川敷には桜が植えられていて、最後の花が私たちの目を楽しませてくれました。
r4は恐山を通り大畑とむつ市の中心部を繋ぐただ一つの道なので、この時期は交通量がどうかと思いましたが、これはまったく問題なし。
道はしばらくはほとんど上りだということを感じさせない勾配で、快調に進んで行きます。
川が大きくうねって道の周囲にスペースがなくなると、いよいよ山の中になり少し勾配が上がります。
『ちょっときつくなってきましたけど、これくらいなら上って行けますよ〜。恐山までこんなんだといいんですが。。』 と、クッキー。
『ここは序の口。まだまだ二段目、三段目があるよ〜』 と脅かすサイダーでした。
道が次のカーブを廻ると薬研橋です。この薬研はやっけんではなく『やげん』と読むようです。
ここまで来ると大畑川は渓流の趣です。
芽吹いたばかりの新緑が初々しい。薬研橋の袂にはちょっとした駐車帯があり、トイレと東屋があるのでここで一休み。
ここから奥薬研温泉までの4kmには大畑川の流れに沿って遊歩道が続いています。このあたりは薬研渓流と呼ばれているようです。
薬研橋を出ても道の勾配は緩いまま。
クッキーもまだ快調ですが、こんな調子ではいつまでたっても恐山に着かないのではないかと心配になってきます。
薬研温泉郷の入口までやってきました。
この標識を右に行けばすぐに温泉郷なのですが、ここでまったりはしていらないと左の恐山方面へ。
薬研温泉郷入口を過ぎると、ついに本格的な上りがやってきたようです。
しかしここは上り出しがきつく、そのあとはせいぜい5〜6%といったところなので、そう問題なく上って行きます。
目の醒めるような新緑の鮮やかな緑が山のあちこちに現れます。その中に時々ピンク色の桜が。
小さな橋を3本か4本渡ると道が細かいカーブを描くようになり、山道らしくなってきます。山は針葉樹と広葉樹のパッチワーク。
大畑川の本流は薬研温泉郷入口から温泉の方に向かい、こちら側には支流が流れているはずなのですが、すでに谷が深くなりその姿は見えません。
ついに10%の標識が現れてここはエンヤコ〜ラ。
その坂をものともせずに上って行くのは、ジークとマージコ。シロスキーがそれに続き、あれれ、クッキーはどうした? クッキーは内装ギアの調子がおかしく、ローに落とせなくなってヒーヒー言っていたのでした。
時はちょうど正午、標高はちょうど300m。この時道端に水芭蕉を見つけました。まだ咲き出したばかりできれいな整った姿をしています。
ついにここでクッキーに押しが入ったので一息入れますが、ピークまではまだ200m近く残っています。先は長い・・・
標高が400mを越えた頃、道端に雪が現れました。
この雪に慰められて、気を取り直したクッキーが自転車に股がります。あと100m、がんばっぺ。
あと90m、あと80mと念じながら上って行くと、カーブの先に先行の三人組の姿が見えました。
やった〜、どうやらあそこがピークのようです。
ピーク付近にはこんな残雪が見られました。
子供の頃始めて見た雪山で、木の根元だけ雪がないのに驚いたことを思い出しました。
さて、このピークから恐山までは200m近く下ります。この下りは穏やかで快適。
うしろからロードレーサーに股がる青年がやってきました。この方は網走から走って来て、今日は北海道からフェリーで下北半島に渡り、三沢まで150kmほど走るそうです。健脚!
この時ちょうど右手に恐山の湖と大尽山が見えたので、この方に写真を撮っていただきました。サンクスです。
手前が暗く山が明るいので露出がむずかしいのですが、かろうじて山が見えるでしょうか。
さらに下ると木々の合間からよりはっきり大尽山が見えました。霊場恐山はその下に見える宇曽利山湖の手前側にあります。このあたりになると、硫黄の匂いが鼻を突くようになります。恐山は活火山で宇曽利山湖はカルデラ湖。釜臥山や大尽山はその外輪山なのです。あっ、ちなみに恐山という名の峰はありません。このあたりのいくつもの山の総称が恐山なのです。
写真を撮ってさあ恐山に下ろうと走り出した瞬間、サイダーの自転車にトラブル発生。30分も四苦八苦してなんとか復活させました。
サーっと下って宇曽利山湖から流れ出る正津川が現れると、ここが霊場恐山の入口。
硫化水素による腐った卵のような臭いはますますひどくなっています。地獄の入口にふさわしい演出ですね。
正津川を辿って行くと宇曽利山湖の畔に辿り着きます。
ここには奪衣婆(だつえい)と懸衣翁(けんえおう)の老夫婦像があります。つまりここで正津川は三途川(さんずのかわ)になり、奪衣婆が故人の衣服を奪い、懸衣翁が衣服を柳に掛けて生前の行いを見るのです。
奪衣婆と懸衣翁像のすぐ横には三途川と太鼓橋があります。太鼓橋の前には『通行止』の札が。
どうやら私たちは三途川を渡らなくていいらしい。(笑)
三途川を渡らずに奥へ進み、入山料を支払って総門をくぐりさらに行けば、『霊場恐山』の扁額が掲げられた山門の前に出ます。ちなみに私たちが恐山と耳にする場合は、ここ、現在は曹洞宗の寺になっている『恐山 伽羅陀山菩提寺』を指すことがほとんどだと思います。
面白いことにここの本堂はこの山門の手前横にあるのですが、そのすぐ手前の建物の前に『イタコの口寄せ』の幟が立っています。イタコはここに常駐しておらず、年に数回だけやってきて口寄せをすると聞いていたので、ちょっとびっくり。ここは5月1日に開山したばかりなので、その記念か、あるいは令和の記念とかでしょうか。それはともかく、なんだか面白そうなので覗いてみました。
入口を入ると数人の人が並んでいます。口寄せをしてもらう人たちなのでしょう。その間をちょっとおじゃまして前に出てみました。
ガラス戸の向こう側にイタコさんがいます。その正面には口寄せをしてもらっている人が座っています。ガラス越しなのでイタコさんの声はあまりよくは聞き取れませんでしたが、口寄せをしてもらっている人の目には涙。
山門をくぐると正面に見えるのは地蔵殿。ここのパンフレットには地蔵堂ではなく地蔵殿とあります。この寺の本尊は延命地蔵菩薩だそうですから、この地蔵殿が一般的な本堂に当たるわけです。
この境内には温泉があります。写真右手の茶色の屋根や左手の小さな小屋がそれです。私たちはアクシデントで時間を失ったのでこれには浸かりませんでしたが、小屋の中はなかなかいい感じで、強烈な硫黄の匂いがしていました。
地蔵殿から山門を見返るとこんなふう。
ここは外輪山に取り囲まれていて、やはり独特の雰囲気があります。
地蔵殿の横の木の柵から奥へ進むと、そこにはゴロゴロの軽石が山になっています。
ここは火山なのです。二酸化硫黄の匂いがぷんぷん。それによって黄色く変色した石もごろごろ。
ちょっとおどろおどろしくも感じられる風景の中を進んでうしろを振り返れば、お寺さんとカルデラ湖が見えます。
このお山の上には慈覚大師堂があります。
そこにはわらじがびっしり。死んだ方が冥土の旅で困らないようにということでしょうか。
軽石山から宇曽利山湖に下ると極楽浜です。ちょっとおどろおどろしい軽石山を見たあとでは、なるほどここは極楽のように見えるかもしれません。
宇曽利山湖はあれど宇曽利山は見当たらず。ここには恐山も宇曽利山もありません。
宇曽利山湖を地図で見るとハート形をしてます。昔アイヌの人々はこれを、神様が尻餅をついたあとの窪み、と見て、オソルコッと呼んだそうです。オソルは尻、コッは窪みのこと。このあたりはオソルコッがある山ということで『於曽礼山』と書かれ、それがのちに『恐山』になったらしい。
一方の宇曽利はと言うと、かつてこの湖の極楽浜のあたりには入り江状の地形が二つあり、それをアイヌの人々はウソリ(湾、入江)と呼んだそうです。入江のある湖だから宇曽利湖と呼ばれたのですが、国土地理院が現地現称主義に反して宇曽利山湖としてしまったらしいのです。つまり最初から宇曽利山という山はなく、現在もないというわけです。
恐山は抱いていたイメージとはだいぶ異なるものでした。もっともっとおどろおどろしく、怖い感じかと思っていましたが、意外と明るく、ちょっとひんしゅくを買いそうですが、仏教のテーマパークのようでした。
上の於曽礼山→恐山の話はあとで調べて知ったのですが、ここがおどろどろしく恐ろしいイメージになったのは、『恐』山、によるところが大きいと感じますし、様々なメディアがこぞってそのイメージを売りつけますからね。
さて、この恐山で本日のメインイベントは終了。あとは大湊に向かうだけです。
で、楽勝かと思ったら、、、 次に待っていたのは超激坂! ここは湯坂と言うそうですが、この上りは短いものの上り出しがなんと14%でアヒアヒ。というか、ここは押しですわ。押してもきつい。その後も10%オーバーでたまらんです。坂があるのは分かっていたのですが、こんなだとはね。
で、ここはもう各自のペースで上ることにして、サイダーは一人旅。他の面々はまったりと押したり引いたり。ちなみに写真は超激坂部ではなく、それを上り終えた後のピーク付近の緩いところです。
この坂で気づいたのですが、どうやらここには恐山まである距離ごとに連続して仏像が並んでいるようです。この仏像はピーク付近のもので、サイダーはここで後続を待ちますがいつまでたってもだれもやってきません。
どうしたのかな〜と思っていると、一台の車が合図を送ってきて走り去って行きました。なんだか知り合いの雰囲気だったのですが、心当たりがありません。しばらくしてようやく四人がやってきたので話を聞くと、クッキーが昨夜温泉でごいっしょさせてもらった美佐子さんと偶然坂の途中で再会し、大変そうなので車で送ってあげようとおっしゃってくださったのだそうです。車の方は美佐子さんとそのご主人だったのですが、道が狭い上に生憎サイダーはその時反対車線にいたので停車できなかったようです。
ともかくなんとか湯坂をクリアして、今度こそ大湊に落っこちて行きます。
二又沢まで順調に落っこちて、r174に乗り換えると道は穏やかな上りに。
このr174が方向を変えて橋を渡ると、なんとそこからまた上りが。。。この上りはまったく頭になくて、ちょっとショック。まあ、人生こんなもんだっぺ。
ようやく下りに転じた道はその後はなんとか順調に大湊に下って行くのでした。この下りの途中には、陸奥湾とむつ市の中心部が見渡せるなかなかいい眺望がありました。こうして見るとマサカリの柄の部分も意外と山がちなのですね。
海上自衛隊の母港がある大湊に入ると、恐山の最高峰釜臥山が正面に。思えば昨日下北駅にやってきた時、最初に目に入ったのがこの釜臥山でした。それからたった一日ですが、あ〜帰って来た〜感があります。
いや〜、今日もちょっとしたアクシデントがありましたが、風が弱まってくれたのが何よりで、何とか恐山に上れたのが良かったです。
さて、明日はこの旅の最終日。予定では脇野沢まで走ってそこから船で青森なのですが、この船は風が強いと欠航してしまいます。脇野沢に向かい出してから欠航になると精神的にきついです。どうしましょうか。
◆ひとこと by シロスキー
忘れもの、落とし物、切符なくす。いろんなトラブルが続くとサイダーから、次はシロスキーかな!!! 実は4日夜の夕食場所の予約をしていないのを思い出し、下風呂温泉で居酒屋に電話、一発で予約OK。提灯のぶら下る小さな居酒屋で、小上がりのテーブルに4人、丸太椅子に1名。座敷には座れないシロスキーには大変都合よく、おいしいお酒が飲めました。