1914-09

アマンタニー島/チチカカ湖

ペルー 9

開催日 2019年08月08日(木)快晴
参加者 サリーナ/サイダー
総合評価 ★★
難易度

聖なるパチャタタからタキーレ島を望む
聖なるパチャタタからタキーレ島を望む

コース紹介

カパチカ半島からアマンタニー島に渡り、古代の遺跡が残る聖なるパチャタタ(標高4,100m)に登り、真っ青なチチカカ湖に浮かぶタキーレ島と、彼方に聳え立つボリビアの白いアンデスを眺めます。夜は広場で行われる火の祭りを見学。

動画(08'41" 音声:一部にあり)

地図:GoogleマップgpxファイルGARMIN Connect/GPSies

発着地 累積距離 発着時刻  移動手段 備考
Llachónの宿
3,830m
START
発08:00 徒歩 Casa de Valentin /$19.55/朝付
Plaza principal
de Llachón
0.8km
(START)
着08:10
発08:15
共同タクシー リャチョンの中央広場
Chifrón
3,810m
(16km) 着08:45
発09:00
ボート 共同ボート06:00-、2本/h、所要50'、S10
Amantaníの港
3,810m
START
1km
着09:50
発11:30
徒歩 El Pueblo港
Amantaníの宿
3,970m
4km 着13:00
発14:30
徒歩 Ocosuy港から1.2km/El Pueblo港から3km
昼食:13:15
Pachatata
4,100m
6km 着15:10
発15:25
徒歩 眺望/古代遺跡/小さな博物館/寺院
向かいに最高峰Pachamama(4,120m)/古代の塔と寺院
El Pueblo
3,880m
7km 着16:15
発19:00
徒歩 Plaza de Armasでお祭り
Amantaníの宿
3,970m
10km
着19:50
泊:Casa Inti Lodge /Segundino & Valeriana
/$36/3食付
時差:UTC-5, JST-14 /日の出06:00、日の入17:30/為替レート:S1=33円=US$0.3
Puno 8月:17°〜-3°C、9mm/Amantaníの地図/wikivoyage Amantaní

カントゥータの飾りを作るお母さんカントゥータの飾りを作るお母さん

今日はカパチカ半島(Península de Capachica)を離れ、アマンタニー島(Isla Amantaní)に向かいます。

リャチョン(Llachón)のカサ・デ・バレンティン(Casa de Valentin)の食堂で朝食をいただき、中庭に出ると、そこではお母さんがペルーの国花のカントゥータで飾りを作っています。

カサ・デ・バレンティンの門カサ・デ・バレンティンの門

身支度を整えて8時にカサ・デ・バレンティンを出発。

ヘスス、お父さん、お母さん、お世話になりました。

カサ・デ・バレンティンとチチカカ湖カサ・デ・バレンティンとチチカカ湖

バレンティンからはコレクティーボがいるリャチョンの中央広場に向かいます。

下に二日間お世話になった、カサ・デ・バレンティンが見えています。チチカカ湖を背景にした、この美しい景色とももうお別れです。

共同タクシーに乗り込む人々共同タクシーに乗り込む人々

私たちはコレクティーボでまずカパチカ(Capachica)まで行き、そこで乗り換えてアマンタニー島行のボートが出るチフローン(Chifrón)に向かう予定です。

しかし歩き出すとすぐに一台の車が停まりました。共同タクシーです。共同タクシーはコレクティーボの小型版のようなもので、利用する方にとってはあまり変わりありません。私たちが乗った共同タクシーはリャチョンの中央広場で何人か乗せ、その後も何人か乗り降りさせながらカパチカに向かって行きます。

チフローンチフローン

カパチカで乗客が全員下りると、運転手はこのままチフローンに行ってもいいよと言って来ました。値段は少し高いような気もしますが、びっくりするほどではないので、このままチフローンまで行ってもらうことにしました。

チフローンの埠頭チフローンの埠頭

チフローンには広いビーチがあり、民宿も何軒かあり、カパチカ半島の東側ではもっとも開けたところです。

チフローンにはアマンタニー島に渡るのにもっとも近いという地の利があるのですが、旅行者のほとんどはプーノからツアーで直接アマンタニー島に行くため、この埠頭はほぼ地元人専用となっています。

チフローンの埠頭からの眺めチフローンの埠頭からの眺め

穏やかなチチカカ湖。右手の奥に見えるのがこれから向かうアマンタニー島です。

アマンタニー島へ向かうボートの中アマンタニー島へ向かうボートの中

タクシーがチフローンの埠頭に着くと、アマンタニー島行のボートに客が乗り込んでいました。すぐに出航しそうな気配だったので何も考えずにこの船に飛び乗ってしまったのですが、実はここまでうまく来過ぎて、予定より一時間半も早いのです。まあいいでしょう。

このボートには私たち以外に観光客はおらず、あとは全員アマンタニー島の住民と思われる人々で、みんな買い出しにでも行っていたのか、大きな荷物を持っています。

チフローンを出航チフローンを出航

私たちが乗り込むとすぐ、ボートはチフローンの埠頭を出航しました。アマンタニー島までは約50分の航湖です。

この写真の中央のやや左の山が低くなったところがチフローンです。

ティコナタ島の伝統的な民家ティコナタ島の伝統的な民家

私たちを乗せたボートはティコナタ島(Isla Ticonata)をかすめて進んで行きます。

ティコナタにはちょっと変わった円形の平面を持つ伝統的な家が立っていました。時間的に余裕があったらここにも泊まってみたかった。

先にアマンタニー島先にアマンタニー島

先にアマンタニー島が見えてきました。ボートは島の北西部に向かってアプローチしており、どうやらエル・プエブロ(El Pueblo)の港に入るようです。

この島には高い山が二つあり、中央にちょこんと飛び出して見えるのがパチャタタ(Pacatata:4,100m)、右手のなだらかな方がパチャママ(Pachamama:4,120m)です。パチャタタもパチャママもアンデス地方に古くから伝わる神様で、パチャタタはパチャパパ(Pachapapa)とも呼ばれるようにお父さん、パチャママはお母さんです。パチャママの方が高いことからもわかるように、こちらではお母さんの方が存在感があります。あ、これはどこでもそうか。(笑)

アマンタニー島の段々畑アマンタニー島の段々畑

アマンタニー島がぐっと近づくと、急な斜面に段々畑が見えます。

カパチカ半島もそうでしたが、この島も段々畑だらけのようです。

エル・プエブロ埠頭エル・プエブロ埠頭

チフローンから予定通りの50分で私たちを乗せたボートはエル・プエブロの埠頭に着きました。

いくつかの情報ではこの島に上陸する際には入島税8ソーレスが必要とのことでしたが、これは徴収されませんでした。

エル・プエブロの船溜まりエル・プエブロの船溜まり

アマンタニー島はプーノからの一泊ツアーに組み込まれているため、最近は特に観光客が増えていると聞きます。そんなわけでか、この埠頭の横の船溜まりにはたくさんボートが停泊しています。

小舟もたくさんあるので、ここでは漁もそれなりにやられているのでしょう。

エル・プエブロの埠頭に立つサリーナエル・プエブロの埠頭に立つサリーナ

さて、無事にアマンタニー島に上陸した私たちですが、予定より一時間半も早く着いてしまいました。

ここには本日の宿から迎えが来ることになっているのですが、迎えを待たずに宿に向かうか、そのへんをぶらぶらして迎えを待つか、ちょっと悩みます。

埠頭のジュース屋埠頭のジュース屋

ここは『エル・プエブロ』、つまり『ザ・村』という意味ですから、アマンタニー島の中で一番開けた場所のはずです。まあこのあたりを散歩しても面白かろうということで、結局、迎えを待つことにしました。

埠頭の周りにはたくさん人が集まっていて、思い思いの物を売っています。これはフレッシュ・ジュース屋さん。炎天下なので果物は日影にしまわれています。

ジャガイモ屋さんジャガイモ屋さん

ジャガイモはアンデス原産なので、ジャガイモ売りはどこにでもいます。

写真手前のオレンジ色のものはオカ(Oca)という根菜で、アンデス地方のような高地でしか育たず、このあたりではよく食べられる野菜の一つです。

チューニョチューニョ

これはジャガイモを冷凍解凍を繰り返して乾燥させたチューニョ(Chuño)というもので、昔から保存食として重宝されてきました。

大きな荷物を運ぶ人々大きな荷物を運ぶ人々

物売りをしている多くは女性ですが、彼女たちは売り物すべてを巨大な風呂敷状の布に入れて運びます。

男の仕事は力仕事。こちらは女以上の巨大な包を背負ってどこまでも行きます。

ロバと羊ロバと羊

男でも担げない荷物となれば、ロバの登場です。ロバや馬はこの島では荷物運搬用の動物として今でもとても重要な存在です。この島に車はありません。モーターバイクはごくわずかにありますが、それはごく限られた範囲でしか使い物になりません。なぜならこの島はアップダウンだらけ、階段だらけだからです。

ロバの向こう側を羊たちが悠然と歩いて行きます。羊たちのうしろにいる女性が羊飼いでしょうか。

農地の風景農地の風景

その羊たちが向かっている方向に行ってみることにしました。

埠頭から南西に向かえば、すぐに道脇に石垣が現れ、その向こう側は畑になります。

羊とソラマメ羊とソラマメ

今は乾期で畑に作物はあまりありませんが、今まさに種まきをしている農民がいます。

その先に緑の作物があったので覗いてみると、それはソラマメでした。

ソラマメソラマメ

日本のソラマメとまったく同じですね。

漁師のボート漁師のボート

船溜まりから一隻のボートが出てきました。このボートは進行方向を変えると、チチカカ湖の沖に向かって去っていきました。漁に出かけたのか、それとも旅行者を迎えに行ったのか。

人々を眺め、そのへんをうろついて時間を潰し、ようやく私たちが本来到着する予定の時刻の11時半になったので、埠頭に向かいます。しかしどうしたわけか、宿の人らしき人とは行き会えません。

エル・プエブロの中心部へ向かう道エル・プエブロの中心部へ向かう道

うろうろしている私たちに、人々がどこへ行くんだと聞いてくれるので、カサ・インティ・ロッジ(Casa Inti Lodge)と言うと、え、それどこだ、おまえ知っているか? という案配で、そこを知っているという人はいませんでした。

そこは誰のところだい? と言うので、セグンディーノ(Segundino)とバレリャーナ (Valeriana)がやっている民宿だと言うと、あ〜、セグンディーノとバレリャーナ か、そりゃあ、おまえ、遠いぜ。山の向こう側だからここからだと一時間以上かかるよ。とのこと。

花で飾られたゲート花で飾られたゲート

まあ、それはわかっているんですが、迎えに来るって言うので待っているんです。

しかし結局それらしき人は現れなかったので、ボート乗り場のおじさんに訳を話して、インティ・ロッジから人が来たら、私たちは宿に向かったと伝えてもらうことにして、埠頭をあとにすることにしました。

二番目のゲート二番目のゲート

エル・プエブロの埠頭からはいきなり上りです。チチカカ湖の標高は富士山より高い3,800mなので、上りになるととたんに息切れしてしまいます。

ハヒハヒしながら坂道を上って行くと、石で造られたこんなゲートがいくつも現れます。みんな花で飾られていてきれいです。

アドベでできた家アドベでできた家

カパチカ半島もそうでしたが、ここアマンタニー島の家々もアドベで出来ています。

アドベ製造所アドベ製造所

アドベとは日干しレンガのことです。そのへんにある土に藁などを混ぜ、直方体にかたどって天火に干せばできあがり。

アドベはとても簡単に造れますが、耐久性はあまりありません。しかし雨が極端に少ないこの地方では、これで十分なのでしょう。

高台から見るエル・プエブロ高台から見るエル・プエブロ

へろへろしながらもだいぶ上って来た感じがします。チチカカ湖から100mほど上ったでしょうか。

このあたりでエル・プエブロの集落はほぼおしまいです。

サンタ・ロサのゲートサンタ・ロサのゲート

さらに登って行くとまたアーチのゲートが出てきました。ここはサンタ・ロサ(Santa Rosa)という集落の入口で、道案内の黄色い標識が立っています。

左オコスヨ(Ocosuyo)、右パチャタタとあります。オコスヨは島の東にある港がある集落で、私たちの宿はそこから少し上ったコルキカチ(Colquicachi)という集落にあり、これはパチャタタから少し下ったところです。

どちらの道もパチャタタを廻って行くのですが、距離的には右の方が近いので、ここは右に。

上り道上り道

ところがこの道はその後ずっと上りなのでした。あとで知ったのですが、ここは左に行った方が距離は少し長くなりますが、ほぼ平らなので楽なのでした。

日影がなく暑くてきつい。上りもきつい。とにかくこの道、きついです!

古代の塔からエル・プエブロ方面を見る古代の塔からエル・プエブロ方面を見る

いつの時代の物か、昨日見たのと同じような古代のものらしい塔が現れたので、その僅かな日影で休憩です。

段々畑段々畑

視線を西にやると、遠くにはカパチカ半島のコトスあたり、そしてその手前にはかなり急な段々畑が見えます。

羊の群れ羊の群れ

なんとか気を取り直してさらに登って行くと、羊の群れがほとんどひからびたような草をムシャムシャしています。

苦しく長い道のり苦しく長い道のり

暑い! 苦しい!! もう登りたくない!!!

パチャタタパチャタタ

ようやくパチャタタの山頂に向かう道が見えてきました。

ここにも山頂まで段々畑が続いています。先ほど見た段々畑もそうですが、アマンタニー島の段々畑はみんな石で築かれています。この頂上にはインカ時代以前のものだという遺跡があるので、この段々畑もインカ以前のものかもしれません。

畑の中を行くサリーナ畑の中を行くサリーナ

周囲は一見荒野のように見えますが、これはみんな立派な畑です。

あと数ヶ月するとここは緑で覆われるそうですが、この景色からそれはちょっと想像できません。

パチャタタとボリビア側のチチカカ湖パチャタタとボリビア側のチチカカ湖

パチャタタの山頂に向かう道を過ぎると、ちょうどそこがピークで、その先は下りになります。先にボリビア側のチチカカ湖が見えてきました。

目が覚めるような碧のチチカカ湖目が覚めるような碧のチチカカ湖

このボリビア側のチチカカ湖は目が覚めるような碧です。

右手にはパチャママに上って行く非常に細かく刻まれた段々畑があり、その下の方に赤茶色の屋根が見えます。コルキカチに着いたのです。

祭りの練習風景祭りの練習風景

ちょっとしたグラウンドが現れました。そこではきれいに着飾った人々がなにやらやっています。

そう言えば私たちの宿から、今日はお祭りがあるよ、と連絡があったので、これはきっとその準備をしているのでしょう。

私たちの宿はこのグラウンドから細道を入ったところなので人に聞いてみましたが、カサ・インティ・ロッジを知っている人はいませんでした。

Casa Inti LodgeCasa Inti Lodge

そこでセグンディーノとバレリャーナ の家と言うと、ああ、それはこの上よ、と教えてくれたのでした。ご主人と奥さんの名前はたまたま口コミにあったのをメモしておいたのですが、これがなかったら迷子になっていたかも知れません。

で、なんとかそれらしい家に着いたのですが、案の定そこには "Casa Inti Lodge" という名はどこにも見当たらないのでした。

台所のバレリャーナ 台所のバレリャーナ

こんにちわ〜 と言うと、やあやあ、良く来たね、あれ、うちの息子と一緒じゃあないの? と、お母さんが言います。この方がバレリャーナ です。港には息子さんを行かせたらしいです。

事情を話すと、わかったといった仕草をして、じゃあもうお昼の時間だから荷物を置いたら食堂にいらっしゃい、と言います。

ジャガイモが入ったスープジャガイモが入ったスープ

アマンタニー島には食堂がないので、宿は三食付なのです。

この宿は小さく、本日の宿泊客は私たちだけのようです。食堂はキッチンの隅っこのテーブル。まず出て来たのはスープで、ニンジンやジャガイモ、そしてキヌアが入っています。キヌアはこのあたりでは良く食べられる食材の一つです。

玉子焼と野菜玉子焼と野菜

もう一皿は玉子焼と野菜です。手前の細長い芋のようなものは港で見たオカを茹でたものです。これはほんのり甘く、ジャガイモとサツマイモの間の子のような味です。

玉子の下に隠れていて見えませんが、港近くで見たソラマメもあります。これは外見も味も日本のそれとまったく同じ。あとはトマトとキュウリとジャガイモで、トマトもアンデスが原産なのでどんな味かと思いましたが、意外にこれも日本で食べるのとほとんど同じでした。

ムーニャ茶ムーニャ茶

このあたりはハーブの宝庫で、テーブルの上にはいろいろな種類のハーブが置かれています。これは昨日カパチカ半島の野原で摘んだものと同じムーニャ(muña)で、こんなふうにハーブティーとしても飲まれます。ミントに似た爽やかな香りです。

私たちが食事をしているところに、ワレリャーナの息子のビダル(Vidal)が帰ってきました。彼は11時ごろに港に着いたらしいのですが、そのころ私たちは散歩をしていたのでどこかで行き違いになってしまったようです。

ボリビア側のアンデスの雪山ボリビア側のアンデスの雪山

ビダルは、今日はエル・プエブロの広場で夕方からお祭りがあるから、ぜひ行ってみてほしいと言います。私たちは特にやることもないので、パチャタタに登ってから祭りに行くことにしました。

ということで、ちょっと休憩したあと、パチャタタに向かいます。宿を出ると真っ青なチチカカ湖の先に白い雲のようなものが見えます。あの形には見覚えがあります。昨日セーロ・カルス(Cerro Carus)に上った時に見えたボリビアのアンデスです。たぶんレアル山脈のアンコウマ山(Ancohuma:6,427m)でしょう。

羊

民家の庭先にごろごろしているのは羊さんでした。

この島にはリャマやアルパカはいないのか、家畜のほとんどは羊です。羊と言えば羊飼いで、大抵そこには犬が付きものですが、この島には犬がいません。車もなく犬もいないので、物音と言えば風の音くらいしか聞こえません。とにかくこの島は静かです。

パチャタタへ向かうパチャタタへ向かう

先ほどやってきた道を戻り、パチャタタに向かいます。時は14時半で暑い盛り。

来る時もきつかったけれど、この時はさらにきつく感じるのでした。

聖なるパチャタタへの道聖なるパチャタタへの道

ようやくパチャタタの上り口に辿り着きました。

パチャタタに向かうパチャタタに向かう

山頂までは良く整備された石畳の道が続いています。

土産物の織物土産物の織物

その道を登って行くと、道脇に土産物の織物が並んでいます。これは帽子ですね。

アマンタニー島は隣のタキーレ島ほどは有名ではないものの、やはり織物が重要な産業になっています。

物売りの少女物売りの少女

土産物屋の主人はこの少女です。観光客はここには夕陽を眺めるためにやってくるそうなので、まだ商売を始めるには時間が早いらしく、この一軒しか店開きしていません。

ようやく品物を並べ終わった少女は、近くの日影に移動して客を待っているようです。

石のアーチ石のアーチ

少女の横をかすめ、さらに登って行くと石のアーチがありました。

港付近で見たアーチはもっと大きな石を加工して造られていましたが、ここのものはそのへんに転がっている石を積み重ねただけの、かなりプリミティヴな造りです。

やってきた道を見下ろすやってきた道を見下ろす

このアーチをくぐったところでやってきた方面を見下ろします。

向こうに見えるのは、今朝まで私たちがいたカパチカ半島です。昨日上ったセーロ・カルスはあの左端あたりで、そこからこのアマンタニー島を眺めたのでした。

パチャタタ頂上のアーチパチャタタ頂上のアーチ

アーチの先にもう一つアーチが現れると、そこがパチャタタの頂上です。

なんとか登ってきました。ここの標高は4,100mなので、港とはたった300mの差しかありません。ところがこのたった300mが恐ろしくきついのです。まあ、これは標高4,000m超えの体験した方でないとわからないと思いますが、とにかくアヘアヘです。

パチャタタ頂上のサリーナパチャタタ頂上のサリーナ

パチャタタは『父なる大地』。ここは神聖な場所。

ここからぐるりと四方を見渡せば、南には『母なる大地』パチャママに刻まれた段々畑とタキーレ島(Isla Taquile)への眺望が開けています。(TOP写真)

頂上の神殿頂上の神殿

この頂上には四角形の神殿があります。地元の伝説によれば、この神殿は4,000年の歴史があるそうです。

その門は閉じられていて、年に一度、1月の第3木曜日に行われる儀式の時だけ開かれるそうです。ここでどんな儀式が行われるのかちょっと興味がありますが、それはピンキージョという縦笛と太鼓の音に合わせ、大地の神に祈りを捧げるものだそうです。

山を下る羊たち山を下る羊たち

パチャタタで瞑想に耽ったら、山を下ります。

港から登ってくる時に見た羊なのか、ちょうど羊の群れが山を下って行くところに出会いました。ここでも羊飼いは女性のようです。

このあと余裕があったらパチャママにも登ろうと思っていたのですが、パチャタタだけでもうヘロヘロです。パチャママはあえなく断念。

エル・プエブロの広場エル・プエブロの広場

ということで、羊たちの後を追ってエル・プエブロの広場までやってきました。この広場には教会があり、中央には誰だか偉そうな人の像が立っています。

その周りにはすでにかなり人が集まって来ています。

広場の周りの土産物屋広場の周りの土産物屋

今日は特別な日なので土産物屋もたくさん出ています。

カラフルな織物の上部に飾られているのは、ペルーの国花のカントゥータの花です。中央に黄色い花が見えますが、これもカントゥータ。カントゥータには赤と黄色と二種類の花があります。

祭りの始まり祭りの始まり

16時半、祭りが始まりました。この祭りは一週間続き、アマンタニー島の各村がそれぞれダンスなどを披露して、その出来映えを競うのだそうです。

一日に二つの村が参加し、全部の村の中から選ばれた二つの村が最終日にもう一度出演して、一位が選ばれるのだとか。

コルキカチの人々コルキカチの人々

この日はたまたま私たちの宿があるコルキカチ村が参加します。

それがこちら。男たちは一般的にパンフルートとして知られる笛と太鼓を演奏し、それに合わせて女たちが踊ります。

華やかなダンス華やかなダンス

このダンス、クルクル回ったり、あっちに行ったりこっちに来たりと動きが激しく、かなり大変そうです。

華やかな衣装の女性華やかな衣装の女性

衣装はご覧の通りで、男女共に羽根飾りが付いた帽子を被り、特に女性は華やかな衣装を身に付けています。

もう一つの村のダンスもう一つの村のダンス

コルキカチ村のダンスが終わり、もう一つの村が出てきました。

こちらはコルキカチ村に比べると、音楽も衣装もダンスもかなり地味です。青い旗を左右に振り続けながら踊るのですが、それなりにハードなようで、ちょっと年配の方は途中で旗を振るのをやめてしまったり・・・

見物客を引っ張り出して見物客を引っ張り出して

二つの村は二回づつ出番があり、再びコルキカチ村になりました。

ダンスは前と同じですが、最後は見物客を引っ張り出して、大勢で楽しく踊っていました。

コルキカチ村全員集合コルキカチ村全員集合

一時間ほどダンスを楽しんだら、集合写真を撮って村のダンス・レースはおしまいです。

コルキカチ村の帽子を被りパンフルートを持つサイダーコルキカチ村の帽子を被りパンフルートを持つサイダー

ちょうどこの時ビダルがやってきて、ダンスに出ていたお父さんのセグンディーノを紹介してくれました。

サイダーはセグンディーノの帽子とパンフルートを借りてちょっとポーズ。

火の祭りの始まり火の祭りの始まり

さて、祭りはこれで終了かと思ったら、これから火の祭りが始まると言います。ビダルはこれをフォガタ(fogata)と呼んでいました。fogataはたき火のことですが、火祭りと訳していいでしょうか。

女たちが枯れ草のようなものを背負って出てきました。そのうしろからは、藁で出来た大きな像が大勢の人によって担がれてきます。この像は尻尾があるので人魚でしょうか。手には琵琶のような楽器を持っています。

火が灯される火が灯される

この人魚像が真ん中に置かれ、それを取り囲むようにして枯れ草があちこちに置かれます。そのうち子供や女たちがダンスを始め、さらに大男や悪魔らしき仮面を被ったものたちが5〜6人出て来て、おもしろおかしいパフォーマンスを始めました。

このパフォーマンスが一段落すると、外側に置かれた枯れ草から順番に火が付けられていきます。この枯れ草が燃えるのが早いこと早いこと。ボッという音とともに大量の火の粉を舞上げるので、近くにいる人々は避難を余儀なくされます。

人魚像に点火人魚像に点火

最後に中央に置かれた人魚像に点火されると、この像も見る見るうちに燃えていきます。

こうして火祭りは終わったかに見えました。

火祭り第二弾火祭り第二弾

しかしそのあともう一体の像が引きずり出されてきて、先ほどと同じようなパフォーマンスが繰り広げられました。最後は観客を巻き込んだダンスが行われ、私たちもこれに引きずり出されてちょっとだけ踊りました。これ、楽しかったです。

ダンスが終わると再び人形に着火され、祭りは最高潮に達し、そして終わりを迎えました。

充分に祭りを楽しんだ私たちは、このあとビダルとともに真っ暗闇の中を宿に向かいました。この帰り道に見た星空はものすごくきれいでした。驚いたことに星の一粒一粒が大きい! そして星がまったく瞬きしない!! ここは標高4,000mなのです。

さて、少し慌ただしいですが、明日はもうこのアマンタニー島を離れ、隣のタキーレ島に向かわねばなりません。アマンタニー島とタキーレ島は数kmしか離れていませんが、タキーレ島の人口はアマンタニー島より遥かに少なく、コミュニティ意識や家族意識が強い純粋なケチュア族とも言われるタキレーニョ(Taquileño)と呼ばれる人々が、共同生活と集団意思決定という強力なコミュニティ構造の中で生活を営んでいるそうです。そこはどんな世界なのか、これは明日に。

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