22A

奥の細道1 日光路

開催日 2022年02月24日〜
参加者 サイダー、ナオボー、マージコ、マサキン
シロスキー、ミルミル、サリーナ
総合評価 ★★
難易度
走行距離 294km
地域 関東

芭蕉庵史跡展望庭園の芭蕉像
芭蕉庵史跡展望庭園の芭蕉像

コース紹介

ヴァーチャル・サイクリング奥の細道の第1ステージ『日光路』は、深川から日光を経由して白河関まで。

基礎情報:奥の細道2 奥州路3 出羽路4 北陸路Ⅰ5 北陸路Ⅱ

地図:GoogleマップgpxファイルRide With GPSトライアル記録

発着地 累積距離 標高 コース・見所、奥の細道の句
Stage1 日光路 294km
深川
芭蕉庵
START 5m 松尾芭蕉は1689年3月、『奥の細道』の旅に出立。芭蕉が深川で住んだ『芭蕉庵』の正確な位置はわからないそうですが、1917(大正6)年9月の台風の際に常盤1丁目から蛙の石像が出土し、地元の人々によって芭蕉稲荷が造営され、東京府がここを『芭蕉翁古池の跡』と指定したとのこと。すぐ近くの隅田川沿いには現在『芭蕉庵史跡展望庭園』があり、芭蕉の像があります。ということで、ここからスタート。
 草の戸も 住替はる代ぞ 雛の家
千住
大橋公園
7km 0m 隅田川を舟で上り千住で舟をおりて、ここが『奥の細道』の本当の旅の始まりの地。千住大橋の袂の大橋公園には、『矢立て初めの地』の案内があります。人々に見送られつつ、旅の最初の一句。
 行春や 鳥啼魚の 目は泪
草加
神明庵
18km 5m 草加宿は日光街道二番目の宿場町。旧日光街道には昔の宿場の雰囲気も少し残り、古民家を利用したお休み処『草加宿神明庵』などがあります。綾瀬川にぶつかったところには、かつて『札場河岸』という船着場があり、江戸時代は綾瀬川の舟運で賑わったのだそう。ここから綾瀬川沿いに、松林の『草加松原』が始まります。芭蕉と曽良は、草加宿には泊まらずさらに先へと進む。
粕壁
(春日部)
36km 10m 千住を出発して最初の宿泊地は粕壁(春日部)宿。千住から9里あまり、つまり36km。本当に健脚です。宿泊場所ははっきりせず、東陽寺と小渕山観音院の2箇所が伝えられています。
間々田
間々田八幡宮
75km 30m 芭蕉の次の宿泊地は栃木県小山市内にある間々田宿。ここには奈良時代中期に創建されたと伝わる間々田八幡宮があり、一部が『間々田八幡公園』として開放されています。その御由緒によれば、10世紀に藤原秀郷が平将門の乱の平定後にご神田を奉納し、この辺りは飯田(まんまだ)の里と呼ばれるようになる。その後江戸時代に日光街道が整備されると、この地がちょうど日光と江戸の中間点にあたることから、間々田(ままだ)へと改められたそうです。
室の八島
大神神社
93km 60m 芭蕉は歌枕『室の八島』を訪れます。歌枕とは、古来多くの歌に詠みこまれた名所、地名のことだそうで、芭蕉が訪れた当時は、惣社村の大神(おおみわ)神社にある八つの島と池が、歌枕『室の八島』とされていました。平安以来東国の歌枕として多くの歌人に詠まれ、その名は都まで聞こえていたそうです。『奥の細道』には掲載されていませんが、芭蕉もここで一句。『糸遊』とは、陽炎のこと。
 糸遊(いとゆう)に 結びつきたる 煙哉
鹿沼
光太寺
113km 150m 旅立ちから3日目、早くも鹿沼に到着。光太寺に泊まったと言われています。芭蕉はここで笠を新調し、境内には古い笠を埋めたと言われる『笠塚』が残っています。当時のこのお寺には住職がいなかったそうで、鐘の音もなく、『奥の細道』にはないけれどここでも一句。
 入逢の 鐘もきこえず 春の暮
日光
東照宮
142km 670m 翌日、鹿沼から例幣使街道を日光方面へと進み、今市で日光街道に合流。日光に到着した芭蕉はまず東照宮を参拝します。『奥の細道』で芭蕉は日光のすばらしさを讃え、これ以上の描写は『憚多く』(恐れ多く)と筆を置き、この句をしたためています。
 あらたうと 青葉若葉の 日の光
玉生 178km 260m 日光門前町に泊まった芭蕉と曾良は、さらに裏見の滝、含満(がんまん)ケ淵を訪れ、そのまま那須方面へと向かいます。裏見の滝では、滝を裏側から見て一句。
 しばらくは 滝にこもるや 夏の初(げのはじめ)
曾良の随行日記によれば、日光からは宿で教えてもらった近道の脇街道を行くも、激しい雷雨に襲われ日光北街道の玉生(たまにゅう)宿で力尽きた。泊まろうと思っていた宿はあまりにひどく、名主に無理を言って何とか泊まらせてもらったとのこと。旅はいろいろあります。
矢板
かさね橋
192km 200m 翌日も黙々と野道を歩き続ける芭蕉と曾良は放し飼いの馬を見つけ、草を刈る農夫に懇願すると、道案内に馬を貸してくれました。困難な旅の中、本当にありがたいですね。子ども2人が馬の後を走ってくるので、1人の娘に名を聞くと『かさね』と言う。その名の優美さに、曾良が即興の一句を詠みます。
 かさねとは 八重撫子の 名成べし  曾良
矢板から北東へ、大田原へ向かう道が箒川を渡る橋に『かさね橋』という名前がありました。
黒羽
芭蕉の館
209km 210m 人里にたどり着き、馬を返した芭蕉と曾良は、黒羽の知人、黒羽藩城代家老浄法寺図書高勝(俳号桃雪)を訪ねて大歓迎を受け、ここにしばらく滞在します。旅の疲れもあり、温かい歓迎にほっとしたのでしょうね。芭蕉の泊まった場所の近くに『芭蕉の館』という資料館があります。
黒羽に滞在中、芭蕉は郊外へ出かけ、玉藻の前の塚、那須与一が参拝した那須神社、そして役の行者を祀る修験光明寺の行者堂を訪ねます。
 夏山に 足駄を拝む 首途(かどで)哉
雲巌寺 221km 300m さらに、芭蕉の禅の師である仏頂和尚の座禅修行の跡を訪ねて雲巌寺へ。雲巌寺は木々の生い茂る山深いところのようです。後ろの山で庵を発見した芭蕉の一句。
 木啄(きつつき)も 庵はやぶらず 夏木立
芭蕉は黒羽に2週間滞在しますが、我々は次の場所に向かいましょう。
那須湯本温泉
殺生石
260km 860m 芭蕉は馬で那須湯本温泉へと山を上ります。玉藻の前(九尾の狐)の化身とされる『殺生石』という有毒ガスを吹き出す岩を見るためです。今は有毒ガスなどは吹き出していませんが、硫黄の香りが漂います。硫黄泉は温泉の王者(個人の感想です)、近くの1300年続くという『鹿の湯』などに浸かってみたいものです。さて芭蕉はその道中、馬を引く馬子が短冊を懇願するので、一句。
 野を横に 馬牽(ひき)むけよ ほとゝぎす
芦野
遊行柳
283km 270m 那須湯本温泉から下って那須町芦野へ。そこで西行が歌に詠んだ『遊行柳』を訪れます。田んぼの中にある柳の下で感慨に耽る芭蕉。気がつけば、田植えが1枚分終わっていた。今も往時と変わらず柳は田んぼの中にあります。
 田一枚 植て立ち去る 柳かな
白河関 294km
GOAL
390m いよいよ奥州三関の一つであり、多くの歌にも詠まれた白河関にやってきました。奈良から平安時代にかけては人や物資の往来を取り締まる関所でしたが、その後は都の文化人の憧れの地となり、和歌の名所(歌枕)として知られるようになったそうです。芭蕉の訪れた季節は初夏。あたりには白い卯の花が咲いており、曾良が詠みます。
 卯の花を かざしに関の 晴着かな  曾良
奥州の入口にたどり着きました。これにて第1ステージ『日光路』終了。
参考資料:奥の細道むすびの地記念館俳聖 松尾芭蕉翁

2022年3月1日(火)晴れ/8°C/粕壁~間々田/上野コース/走行距離15km/累積距離66km/サリーナ

上野の河津桜上野の河津桜

芭蕉と共に訪ねる『奥の細道』紀行が始まりました。今日は開始から6日目、私は粕壁(春日部)からスタートですが、芭蕉さんは1日で千住から粕壁まで歩いており、6日目なら那須の黒羽まで到着しています。健脚!

こちらはゆっくりと春日部の北、幸手市の中川沿いにある権現堂桜堤を通りました。ここの桜と菜の花の共演は、ジオポタでも何度か訪れたゴージャスなお花見スポットです。見頃はあと1ヶ月後くらいかな。

実走はいつもの上野コース。桜といえば、不忍池のほとりに河津桜が数本植わっているのですが、ようやく三分咲きといったところ。去年より2週間くらい遅いですね。

2022年3月3日(木)晴れ/14°C/鹿沼~日光/落合コース/走行距離15km/累積距離127km/マージコ

佐伯祐三アトリエ記念館佐伯祐三アトリエ記念館

レポートは今日の落合コース、佐伯祐三アトリエ記念館まで行ってきました。落合にアトリエを新築し創作を開始、最後の活動拠点はパリですが、30歳で亡くなった天才画家です。「郵便配達夫」が有名です。

芸術には疎いんですが、以前から行ってみたいと思ってました。近くには行ったことのある中村彝アトリエ記念館もあって、芸術家たちが好んで落合に住んだ頃があったようです。

2022年3月6日(日)晴れ/12°C/粕壁~間々田/舞子コース/走行距離32km/累積距離70km/ナオボー

五色塚古墳五色塚古墳

舞子コースは、五色塚古墳まで足を延ばした。五色塚古墳は明石海峡大橋に程近い高台にあり、JR舞子駅と垂水駅の間の鉄道路線北側に位置している。この辺りを治めていた豪族の墓といわれており、前方後円墳が再現されている。そこからは真正面に淡路島が望める。明石海峡を押さえるということは、瀬戸内海の海上交通押さえるということ。

「間々田八幡宮」は二万坪にも及ぶ自然豊かな境内に鎮まり、「安産祈願から、厄除け・方位除け、病気平癒、お車のお祓いまで、一生のあらゆる場面で私たちをお守り下さる『人生開開運』の神としていにしえより遍く崇敬を集めている」とのと。まあ、こんなに遍くご利益があるなんて????

2022年3月12日(土)晴れ/20°C/室の八島~日光東照宮/都内散策/走行距離52km/累積距離145km/ミルミル

ミツマタミツマタ

今日は本格的な春の陽気、とうとう気温は20℃を越えました。そんなお天気に誘われて今日は都内を散策。市川橋を渡って都心に向かいました。あちこちに河津桜やオカメザクラなどの早咲きの桜や梅、ほかにもいろいろな花が咲いています。今年は梅も桜も遅いようでしたが、この暖かさでようやく、といったところでしょう。

芝公園ではミモザが綺麗に咲いていました。そして、その近くの木も薄黄色の花が満開。帰ってから調べてみたらミツマタでした。ミツマタの樹皮は繊維質が強く、和紙の原料、特に日本紙幣の原料として使われているそうです。

奥の細道は日光東照宮に到着。小学校の修学旅行で初めて行って以来何度も訪れた場所ですが、行くたびに新しい発見があって楽しい場所です。周りに見どころも多いですしね。初めて見た時、有名な眠り猫が予想よりずいぶん小さくてびっくりした覚えがあります。

2022年3月13日(日)晴れ/22°C/鹿沼~日光方面/地元 平和台近辺/走行距離12.2km/累積距離134.2km/マサキン

感応山本覚寺感応山本覚寺

お天気が良いので、太極拳の帰路、お寺さんに立ち寄りました。感応山本覚寺と称し、南北朝時代(1337~1392年)創建の日蓮宗の寺院で、本尊は釈迦如来です。そこそこの高台にあって、お天気の良い日には富士山が拝めます。昨年、郷里のお墓は交通の便も悪く、承継者もいないので、墓仕舞をして、こちらのお寺さんにお願いすることにしました。

さて、芭蕉の奥の細道ですが、室の八島明神に参拝したあと、壬生・栃木を経て鹿沼で一泊し、翌日に日光に赴いて東照宮に参拝したとのことで、もう一息で金ピカの陽明門に到着します。

2022年3月21日(月)曇り/10°C/那須湯本/上野コース/走行距離15km/累積距離266km/サリーナ

キンクロハジロキンクロハジロ

奥の細道は、本日那須湯本温泉に到着。先日リアルに那須湯本温泉に行き、鹿の湯に浸かってきました。白濁の硫黄泉がたまらん~ そして、芭蕉翁の訪れた殺生石に行ってみたらまっ二つに割れていて驚いたのですが、そのことが、その後すぐにウィキペディアに掲載されていてさらにビックリしました。

さて、実走はいつもの上野コース。東京は昨日ソメイヨシノの開花宣言で、桜の他にもコブシやモクレンが咲いていて最近の朝ポタはとても楽しいのですが、一方、春はカモたちが北へ帰っていく季節でちょっと寂しいですね。不忍池のカモたちも随分少なくなりました。キンクロハジロたちはいつまでいてくれるかな?

2022年4月4日(月)晴れ/17°C/那須湯本温泉~芦野遊行柳/舞子浜コース/走行距離25km/累積距離285km/ナオボー

ヨット・マーメイドⅡ号ヨット・マーメイドⅡ号

このところ花冷えのする日が続いています。いつもは舞子の浜を東に向かって歩いていますが、今日は西に向かい、隣駅のJR朝霧駅南の大蔵海岸公園まで行きました。堀江謙一さんのヨット・マーメイドⅡ号が設置されています。

さて、奥の細道は芦野遊行柳。奥の細道原本を開くと、「芦野々里に清水流るるの柳有/-------------/この柳のかげにこそ、立寄侍つれ。」の最後に有名な「田一枚 植えて立ち去る 柳かな」。芭蕉の感慨に耽る姿。

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